「退任の夜」
テレビ局の最上階、役員専用ラウンジ。
夜の帳が降りたガラス窓の向こうに、名古屋の街が静かに広がっていた。
佐伯は、グラスの中で氷が溶ける音を聞きながら、誰もいないソファに腰を沈めていた。

「退任、おめでとうございます」
そう言って現れたのは、法務部長の村瀬だった。
彼は佐伯より20歳ほど若く、冷静で理屈を重んじる男だった。
佐伯は軽く笑ってグラスを掲げたが、その目はどこか遠くを見ていた。

「慰労金の件、取締役会で議論になってます」
村瀬の声は、まるで天気予報のように感情を排したものだった。
「社内規程では、重大な損害があった場合、減額も可能です。税務調査の件が…」
佐伯はグラスを置いた。
「功績より、瑕疵が重いと?」

「そういう判断も、あります」
沈黙が流れた。
佐伯はテレビ局の黄金期を築いた男だった。
視聴率低迷の時代に、地方発のドキュメンタリー番組を全国ネットに押し上げた。
社員の家族まで巻き込んだ「地域密着型報道」は、今や局の看板だった。
だが、在任中に高額な宿泊費や接待費が問題視され、税務調査で一部が「私的流用」と認定された。
社内では「功績と瑕疵、どちらが重いか」が議論になっていた。
翌朝、取締役会。
社外取締役の大河内が口を開いた。
「佐伯さんの功績は疑いようがない。だが、企業は信頼で成り立つ。慰労金の支給は、社会へのメッセージでもある」

「減額は、信頼回復の一歩になると?」
「そうです。これは、倫理の問題です」
佐伯は何も言わなかった。
ただ、窓の外に広がる名古屋の街を見つめていた。
そこには、彼が育てた報道の現場があった。
そして、彼が背負った責任も。
判例解説:退職慰労金の支給と取締役会の裁量

佐伯が見つめていた名古屋の街は、彼の功績と過失が交差する場所だった。
だが、企業は感情ではなく、制度と信頼で動く。
その夜の取締役会で交わされた議論は、実は令和6年7月8日に最高裁で判断されたある判例と酷似している。
判例の概要(令和6年7月8日・最高裁)
- 事案の背景
ある企業の元代表取締役Xが、退任に際して支給される予定だった退職慰労金を大幅に減額されたことに対し、会社に損害賠償を請求した。 - 会社側の主張
Xは在任中に社内規程を超える宿泊費等を受領し、税務調査で問題が発覚。
社内規程では「重大な損害を与えた場合、退職慰労金を減額できる」と定められており、取締役会はその規程に基づいて減額を決定した。 - 株主総会の位置づけ
退職慰労金の支給については株主総会で取締役会に一任されていた。 
最高裁の判断

- 裁量権の範囲内
 
取締役会は、社内規程に従って調査・審議を行い、減額の決定をした。
その判断は「裁量権の逸脱・濫用には当たらない」とされた。- 損害賠償請求は認められず
 
元代表取締役Xの請求は棄却され、会社側の決定が尊重された。
この判例が示すもの
- 企業の報酬制度は「功績」だけでなく「信頼」も評価軸となる
 - 取締役会の裁量は、社内規程と株主総会の委任によって支えられる
 - 退職慰労金は「当然の権利」ではなく、企業の意思決定に左右される
 
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地下二階・雑談室スキット
—退職慰労金の減額をめぐる夜、取締役会の決定直後—
場所:行研地下二階の雑談室。
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Scene 1:コーヒーの香りと重たい空気
(紙コップを手に)
…減額、決まりましたね。
佐伯さん、何も言わずに会議室を出ていきました
(ソファに沈みながら)
功績と瑕疵、どちらが重いか。
それを決めるのが取締役会じゃよ。
だが、心はいつも後からついてくる
社内規程には“重大な損害”と書いてありますが、曖昧ですよね。
どこまでが“重大”なのか…
そこが裁量の妙じゃ。
規程は地図、裁量は羅針盤。
どちらもなければ、船は進まん
Scene 2:倫理と制度の交差点
でも、広報的には厳しいですよ。
功績を讃えた翌日に減額の報道が出るなんて。
信頼回復と矛盾して見えるかもしれません
信頼とは、過去を讃えることではなく、未来に責任を持つことじゃ。
減額は“過去の清算”ではなく、“未来への布石”じゃよ
…佐伯さん、あの街を見てましたね。
窓の外の名古屋。
自分が育てた報道の現場を
それもまた、報酬じゃよ。
金では測れぬ報酬がある。
だが、制度は金で測る。
そこにズレが生まれるのじゃ
Scene 3:沈黙と余韻
(静かに)
博士、制度と倫理は、いつもすれ違うんですね
(微笑みながら)
すれ違うからこそ、語り合う意味がある。
この雑談室があるのも、そういうことじゃよ
(ふたり、黙ってコーヒーを啜る。雑談室の時計が、静かに午前0時を指していた)
🐾もふん補佐官の最後の言葉
(こぱお博士が席を立ち、雑談室の扉が静かに閉まる。もふん補佐官はひとり、残ったコーヒーを見つめながら、ぽつりと語り出す)
「…報酬って、数字だけじゃないんですよね。
誰かの記憶に残ること。
誰かが“あの人がいたから”って思ってくれること。
それも、立派な報酬です」
(もふん補佐官は、佐伯が育てた報道番組のポスターを見上げる。そこには、地方の漁師が笑顔でインタビューに答える姿が映っていた)
「制度は、信頼を守るためにある。
でも、信頼って、誰かを責めるためじゃなくて、誰かを信じ続けるために使いたいですね」
(もふん補佐官は立ち上がり、ポスターの前で小さく頭を下げる)
「佐伯さん、お疲れさまでした。
あなたの報酬は、きっとこの街の中に、ちゃんと残ってます」
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