人格的生存に不可欠な法益──トイレと尊厳をめぐる判例

法律×キャラ解説

トイレの前で、彼女は立ち止まった

経済産業省の庁舎、夜の9時。

残業を終えた職員たちが帰路につく中、ひとりの女性職員がトイレの前で立ち止まっていた。

彼女は、性同一性障害の診断を受け、女性として生きることを選んだトランスジェンダーの公務員だった。

執務階の女性トイレは、彼女にとって「日常の一部」であり「自分の尊厳」でもあった。

しかし、上司からの通達はこうだった。

「あなたには、上下階のトイレを使ってもらいます。職場の女性たちが“違和感”を持っているようなので」

違和感──それは誰かが口にしたわけではない。

ただ、説明会で沈黙していた職員たちの表情を「そう見えた」と判断されただけだった。

彼女は、階段を降りる。

2階下のトイレへ。

誰にも会わないように。

誰にも迷惑をかけないように。


でも、心の中で問い続けていた。

「私は、ここで働いている。女性として。なのに、なぜ“違和感”だけで制限されるの?」

上下階のトイレとは?

執務階(=自分が働いているフロア)の女性トイレは使えず

→ 代わりに「その階の上か下」にある女性トイレを使うように指示された、という意味です。

つまり、原告のトランス女性職員は
  • 自分の職場のフロアにある女性トイレは使えない
  • 2階以上離れた別のフロアの女性トイレまで、わざわざ移動しなければならなかった

これは単なる「距離の問題」ではなく──

あなたはここでは“女性”として扱えない」という、象徴的な排除のメッセージにもなってしまうという点が、裁判で大きく問題視されました。

判例解説:令和6年7月11日 最高裁判決(判例ID: 92191)

この事件は、経済産業省に勤務するトランス女性職員が「職場の女性トイレを自由に使えないのは違法」として訴えたものです。

争点
  • 性自認に基づいて女性として勤務する職員に対し、トイレ使用を制限することは違法か?
  • 行政の裁量権の範囲内か、それとも逸脱・濫用か?

最高裁の判断

結論:人事院の判定は「裁量権の逸脱・濫用」であり違法。

理由
1.原告は女性として勤務し、トラブルは一度も起きていない。

2.医師の診断でも性衝動に基づく性暴力の可能性は低い。

3.明確に異を唱えた職員はいない。

4.約5年間、処遇の見直しが検討されていない。
補足意見(全裁判官が個別に述べる異例の展開)
・「性自認に即した社会生活は人格的生存に不可欠な法益

・「違和感という曖昧な感情だけで制限することは、差別につながる

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雑談室:こぱお博士ともふん補佐官の会話

場面:地下二階の雑談室。壁には過去の判例ポスター。

こぱお博士は湯気の立つマグカップを手に、もふん補佐官は資料を抱えてソファに沈んでいる。

(マグを傾けながら)

もふん氏、あの判例、読んだかね。
トランス女性職員のトイレ使用制限。
令和6年、最高裁

(資料をめくりながら)

ええ。判例ID92191。
裁判官全員が補足意見を述べるなんて、異例ですよね。
人格的生存に不可欠な法益──って言葉、刺さりました。

(目を細めて)

違和感”という曖昧な感情で、誰かの生活を制限する。
それが法の名のもとに行われていた。
これは、法が感情に寄り添うべきかどうかを問う判例じゃよ。

(少し沈黙して)

でも、職場の空気って、見えない圧力がありますよね。
誰も明確に反対していないのに、“違和感があるように見えた”だけで制限されるなんて…

(机の上の判決文を指差しながら)

だからこそ、裁判官たちは“沈黙は同意ではない”と見抜いた。
法は、声なき声にも耳を傾けるべきだと。

(小さく笑って)

博士、今夜は哲学モードですね。

(マグを置いて)

いや、これは哲学ではない。
これは、誰かが階段を降りてトイレに向かう、その足音に耳を澄ませることじゃよ。

こぱお博士の見解:「違和感という名の沈黙」

「この判例はね、法が“沈黙”にどう向き合うかを問うているのじゃよ。
誰も明確に反対していない。でも、“違和感があるように見えた”という空気だけで、トイレの使用が制限された。
それは、言葉にならない感情が、制度を動かしてしまった瞬間なのだ。」

「法はのぉ、感情を否定するものじゃない。だけど、感情が誰かの尊厳を傷つけるとき──そのときこそ、法が立ち上がらなきゃいけないのじゃ。
この判決は、そういう意味で“人格的生存に不可欠な法益”という言葉を使った。
それは、ただトイレを使う権利じゃない。“ここにいていい”という存在の承認なのだよ。」

「私はね、階段を降りる彼女の足音を想像するのだ。
誰にも会わないように、誰にも迷惑をかけないように。
でも、その静かな足音こそが、法に届いた。
それが、この判例の本質だと思うのじゃ。」

もふん補佐官の見解:「誰かの“日常”を守るために」

「博士の言う通りですね。
でも、私はもっとシンプルに考えたいんです。
この判例が教えてくれたのは──“誰かの普通の一日”を、ちゃんと守るってことじゃないかって。」

「トイレって、ただの設備じゃない。
朝、コーヒーを飲んで、仕事して、ちょっと休憩して。
その流れの中にある“当たり前”が、誰かにとっては、ずっと我慢してきたことだったりする。」

「違和感って、確かにあるかもしれない。
でも、それを理由に誰かを遠ざけるより、
ここにいていいよ”って言える職場のほうが、きっと強いと思うんです。」

「この判例は、法がそう言ってくれた瞬間だった。
だから私は、階段を降りなくていい職場を、みんなで作っていけたらいいなって思います。


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