「ギャレーの時計は、休憩を告げない」
成田空港第3ターミナル。
午前6時15分。
ギャレーの蛍光灯が、まだ眠そうな機内を青白く照らしている。
CAの佐伯美咲(さえき・みさき)は、紙コップのコーヒーを片手に、壁の時計を見つめていた。
針は、次のフライトの搭乗開始まであと18分を示している。
は、紙コップのコーヒーを片手に、壁の時計を見つめていた.jpg)
「休憩って、何分から休憩なんだろうね」
隣で制服の襟を直しながらつぶやいたのは、同期の山口。
美咲は答えなかった。
というより、答えられなかった。

便間時間。
クルーレスト。
会社が「休憩」と呼ぶその時間は、実際には乗客対応の準備や、緊急時の備えに追われる“待機”だった。
ギャレーの奥では、乗客用のミネラルウォーターがカートに積まれていく。
美咲は、ふと自分の足元を見た。
昨日からのむくみが、靴の縁に食い込んでいる。
「このままじゃ、いつか誰か倒れるよ」
その言葉は、声にならなかった。
でも、彼女の目の奥には、確かにそう書いてあった。
「控室の沈黙と、告発の始まり」
午後3時、成田空港の乗務員控室。
壁際のソファに座った美咲は、制服のジャケットを脱ぎ、肩をぐるりと回した。
筋肉が軋む。

隣のロッカーでは、山口がスマホを見つめていた。
画面には「労働基準法第34条」の条文が表示されている。

「これ、さっきの便、8時間超えてたよね」
山口が言った。
声は小さいが、確信に満ちていた。
「うん。休憩、なかった」
美咲は答えた。
便間時間は、乗客のクレーム対応に追われ、クルーレストはギャレーで立ったまま。
座ることすら許されなかった。
「会社は“特例”って言ってるけど、私たちって“長距離継続乗務者”なのかな」
「違うと思う。だって、国内線だし、乗務時間も分断されてる」
二人の会話に、控室の空気が少しだけ動いた。別の乗務員が、そっと耳を傾けている。
そのとき、ロッカーの奥から声がした。
「私、去年、過呼吸で倒れた。でも“休憩中だったから自己責任”って言われた」
声の主は、先輩の藤原だった。
彼女は、制服の袖をまくりながら、静かに言った。
「誰かが言わなきゃ、ずっとこのままだよ」

沈黙が落ちた。
美咲は、スマホを取り出し、労働組合の連絡先を検索した。
画面の向こうに、まだ見ぬ法廷がぼんやりと浮かんでいた。
「判決は、ギャレーの沈黙を破る」
東京地裁・民事第27部。
傍聴席の空調は静かに唸り、法廷内の空気は張り詰めていた。
佐伯美咲は、スーツ姿で証言台の横に座っていた。
制服ではない自分に、少しだけ違和感を覚える。

裁判官の声が響いた。
「本件勤務命令は、労働基準法第34条1項に違反すると認められます」
その瞬間、傍聴席の山口が小さく息を呑んだ。
「便間時間およびクルーレストは、実質的に休憩とは言えず…」
言葉は続く。
だが、美咲の耳には、最初の一文だけが深く残った。

会社側の代理人は、無表情のままメモを取っている。
「人格権の侵害が認められ、原告らに対し慰謝料の支払いを命じます」
裁判官の声は淡々としていたが、その言葉は、ギャレーの沈黙を破る鐘のようだった。
判決文の読み上げが終わると、乗務員たちは静かに立ち上がった。
誰も声を上げなかった。
ただ、美咲はふと、あのギャレーの時計を思い出した。
あの針は、休憩を告げなかった。
でも今、法廷の時計は、確かに「休む権利」を刻んだのだ。
判例解説:ジェットスター・ジャパン客室乗務員休憩時間訴訟

争点の概要
本件は、ジェットスター・ジャパン株式会社が客室乗務員に対して、労働基準法に定められた休憩時間を与えずに勤務を命じていたことが、違法かどうかを争った事案です。
- 原告:客室乗務員35名(労働組合に所属)
 - 被告:ジェットスター・ジャパン株式会社
 
争点
- フライト間の「便間時間」や機内での「クルーレスト」が休憩に該当するか
 - 客室乗務員が労基法施行規則32条の「長距離継続乗務者」に該当するか
 - 違法な勤務命令に対する差止め請求と慰謝料請求の可否
 
法的論点と裁判所の判断
① 休憩の定義(労働基準法第34条)
- 労働時間が6時間を超える場合 → 45分以上の休憩
 - 8時間を超える場合 → 1時間以上の休憩
 - 休憩とは、労働から完全に解放され、自由に使える時間である必要があります。
 
② 会社側の主張
- フライト間の「便間時間」や機内の「クルーレスト」は休憩に該当する
 - 客室乗務員は「長距離継続乗務者」に該当し、特例により休憩を与えなくてもよい
 
③ 裁判所の判断

- 便間時間やクルーレストは“緊張度が高く”、休憩に該当しない
 
→ 乗客対応、緊急事態への備え、立ちっぱなしなどが求められ、自由利用できない- 客室乗務員は「長距離継続乗務者」に該当しない
 
→ 国内線中心で、乗務時間が分断されており、施行規則32条の特例は適用されない- 労働基準法第34条違反を認定
 - 安全配慮義務違反・人格権侵害を認定 → 原告1人あたり10〜11万円の慰謝料支払いを命じた
 - 将来の勤務命令差止めも認容 → 同様の勤務が継続する蓋然性があると判断
 
判例の意義
1. 労働法の適用
客室乗務員にも一般労働者と同様に休憩権が認められることを明示した。
2. 休憩の実質性
名目上の「休憩」ではなく、実質的に自由利用できる時間である必要性を強調した。
3. 人格権の保護
休憩の欠如が精神的苦痛をもたらすことを認定し、慰謝料の支払いを命じた。
4. 差止めの認容
将来の勤務命令に対する差止めが認められた点で、予防的救済の先例となった。
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地下二階会議室:こぱお博士ともふん補佐官の会話
場所:地下二階、行研会議室。壁はコンクリート打ちっぱなし。
時計は止まっている。
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(机の上に判決文を広げながら)
博士、これ…“休憩とは労働からの解放であり、自由利用できる時間”って書いてありますけど、ギャレーで立ったまま水を飲むのって、自由ですか?
(椅子を軋ませながら)
自由とは、選択肢があることだ。
立つか座るか、飲むか飲まないか。
選べないなら、それは“拘束”だよ、もふん氏。
(首をかしげて)
でも会社は“クルーレスト”って言ってるんですよ。
名前だけ聞くと、なんか休めそうじゃないですか?
(机を指でトントンと叩きながら)
“レスト”と名付ければ休憩になるなら、“監禁室”を“瞑想室”と呼んでも許されるのかね?
(笑いながら)
それはちょっと…瞑想どころじゃないですね。
(真顔で)
判決はこう言っている。
“便間時間およびクルーレストは、緊張度が高く、実質的に休憩とは言えない”。
つまり、形式ではなく実質を見ろ、と。
(ペンをくるくる回しながら)
じゃあ、博士。
この判例って、何を変えたんですか?
(ゆっくりと立ち上がり、止まった時計を見ながら)
“休憩”を、時間の問題から、人間の尊厳の問題に引き上げた。
これは、労働法が人格権に触れた瞬間だよ。
(小さく拍手しながら)
博士、やっぱり地下で語ると深みが違いますね。
(微笑みながら)
さて、次は“休憩の哲学”をテーマに論文を書くか。
タイトルは…『ギャレーにおける自由の逆説』とでもしよう。
「休憩は、誰かを思う時間」
判決文のコピーをそっと閉じたもふん補佐官は、こぱお博士の横で小さく息をついた。
地下二階の空気はひんやりしている。
けれど、もふん補佐官の声はあたたかかった。
「博士、思うんですけど…休憩って、ただ“休む”だけじゃないですよね。
誰かの顔を思い浮かべたり、今日の空を思い出したり。
ほんの数分でも、自分に戻れる時間があるって、すごく大事だと思うんです。」
こぱお博士は、眼鏡の奥で微笑んだ。
もふん補佐官は続けた。
「この判決が守ったのは、法律の条文じゃなくて、**“人が人らしく働ける時間”**なんじゃないかなって。
ギャレーで立ちっぱなしのあの時間に、誰かが“あなたは休んでいい”って言ってくれる。
それだけで、世界ってちょっと優しくなる気がするんです。」
会議室の時計は止まったままだった。
でも、もふん補佐官の言葉は、確かに“時間”を動かしていた。
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