「耳で拾った音は、誰のものか」
午前3時。
隣室のテレビはとうに消え、マンションの廊下も静まり返っている。
彼は、キッチンの蛍光灯だけをつけて、ヘッドホンを耳に押し当てていた。
DAWの画面には、波形が並んでいる。
「このギター、2拍目の裏でちょっとだけチョーキングしてるな……」
目を細めて、指先で空をなぞる。
それは、誰にも見えない譜面だった。

冷蔵庫には、コンビニのカップ麺と栄養ドリンク。
昼は楽器店のバイト、夜は採譜。
月に3冊、バンドスコアを仕上げる。
報酬は、1冊につき数万円。
それでも彼は、譜面を書く。
「この音を、誰かが弾いてくれるなら、それだけでいい」
ある日、後輩からLINEが届いた。
「先輩の譜面、ネットに無料で出てますよ」
リンクを開くと、彼が耳で拾った音が、そっくりそのまま並んでいた。
コード進行も、フィルインも、彼が悩んだあの一小節も。
「著作権はないですよね?」と、運営者は言った。
彼は、言葉を失った。

彼は、スマホの画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
無料楽譜サイトのページには、彼が書いた譜面とほぼ同じコード進行が並んでいた。

「Am7、D7、Gmaj7……」
その並び方、リズム記号、フィルインの位置。
それは、彼が夜中に何度も聴き直して、ようやく拾った音だった。
「著作権はないですよね?」
サイト運営者のメールには、そう書かれていた。
「原曲の権利はレコード会社にある。あなたの譜面は、ただの再現です」
彼は、返信できなかった。
ただ、DAWの画面を閉じて、冷めたカップ麺に箸を入れた。

それでも、彼は動いた
数日後、彼は出版社の編集者に連絡を取った。
「この譜面、僕が書いたものです。無料で公開されてます」
編集者は黙って画面を見つめたあと、こう言った。
「……裁判、やるかもしれない。覚悟ある?」

出版社X社は、模倣された譜面を証拠として、無料楽譜サイトY社を提訴した。
争点は、「著作権がない楽譜でも、模倣すれば不法行為になるか?」というものだった。
バンドスコア事件 判例解説(東京高判令和6年6月19日)

1. 背景と争点
この事件は、楽譜出版社X社が、無料楽譜サイトY社に対して損害賠償を求めた民事訴訟です。
X社は、音源を聴いて採譜したバンドスコアを販売していましたが、Y社がその内容を模倣し、無料でウェブ上に公開していたことが問題となりました。
主な争点は以下の2点です
- 採譜されたバンドスコアに著作権が認められるか
 - 仮に著作権が認められないとしても、模倣行為が不法行為(営業妨害)に該当するか
 
2. 著作権の有無
裁判所はまず、採譜されたバンドスコアが「著作物」に該当するかを検討しました。
・採譜は、既存の音源を忠実に再現する作業であり、創作性が乏しいと判断されました。
・したがって、著作権法上の「著作物」とは認められず、著作権侵害の主張は退けられました。
この判断は、著作権法の原則に則ったものです。
著作権は「創作的表現」に対して与えられるものであり、既存作品の再現や模倣には原則として認められません。
3. 不法行為(営業妨害)の成立
著作権が認められない場合でも、民法上の不法行為が成立する可能性があります。
裁判所はここに着目しました。
・採譜には高度な技能、時間、費用がかかっており、X社はそれを商品として販売していた。
・Y社はその成果を無断で模倣し、無料で公開することで、X社の営業利益を侵害した。
・この行為は、民法709条に基づく「営業妨害」として不法行為に該当すると判断されました。
この判断は、著作権法の枠を超えて「努力の価値」を保護するものです。
裁判所は、創作性がなくても、経済的価値と労力がある成果物に対して一定の法的保護を与えたのです。
4. 損害賠償額とその根拠

裁判所は、Y社の模倣行為によってX社が被った損害を具体的に算定し、約1億6900万円の賠償を命じました。
・賠償額は、模倣された楽譜の数、X社の販売実績、Y社の広告収入などを基に算定。
・また、Y社の行為が継続的かつ組織的であったことも、損害額の増加要因となりました。
この金額は、楽譜業界では異例の高額であり、判例としても非常に注目されています。
5. 判例の意義と影響
この判決は、著作権が認められない成果物に対しても、民法上の保護が及ぶ可能性を示した重要な判例です。
- 音楽業界において、採譜者や編曲者の努力が法的に評価される契機となりました。
 - 無断転載や模倣に対する抑止力が高まり、創作者の保護が強化される方向性を示しています。
 - 同様の構造を持つ分野(料理レシピ、スポーツ解説、技術マニュアルなど)にも波及する可能性があります。
 
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法律研究室:こぱお博士ともふん補佐官のバンドスコア事件討論
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Scene:夜の研究室、譜面台の前にて
(譜面を見ながら)
博士、この譜面…耳で拾ったんですよ。
コードもフィルも、全部自分で聴いて書いたんです
(眼鏡を押し上げながら)
ふむ…それは採譜という行為なのだな。
著作権法上は“創作”とは言い難いのだ
(むっとして)
でも!20時間かけて拾った音ですよ?
それを勝手に真似して無料で公開されたら、やってられません!
(静かに頷きながら)
その怒り、民法は拾ってくれたのだ。
東京高裁はこう言った。
“著作権はなくとも、営業妨害にはなる”と
(目を見開いて)
えっ…じゃあ、努力は守られるってことですか?
(譜面を指差しながら)
そうなのだ。
この譜面は“創作”ではなく“再現”だが、そこに技術と時間が宿っている。
それを無断で模倣すれば、民法709条の不法行為になるのだ
(小声で)
……音を拾う人の努力が、ようやく報われたんですね
(微笑しながら)
法は、音を聴かない。
だが、努力の“響き”には耳を傾けるのだ
🐾もふん補佐官のひとこと
譜面って、ただの記号じゃないんです。
どの音を拾うか、どこに休符を置くか──そこには、その人の耳と心がある。
だから私は、譜面を見れば、その人がどんな夜を過ごしたか、少しだけ分かる気がするんです。
今回の判決は、“音を拾う人”の孤独な努力に、ちゃんと光を当ててくれた。
法って冷たいと思ってたけど……ちょっとだけ、あったかいですね
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