生活保護とペット飼育──裁決が認めた“命の必要性”

政治・制度

物語冒頭:「しろと暮らす部屋」

朝の光が、障子越しに淡く差し込んでいた。

畳の上に伏せる白い老犬が、ゆっくりと目を開ける。


その隣で、ひとりの女性が湯呑みを両手で包みながら、静かに息を吐いた。

「しろ、今日も暑くなりそうやな」

彼女の名前は佐和子(さわこ)、72歳。


元は市内の小学校で給食調理をしていたが、腰を痛めて退職。

年金は月4万ほど。

家賃と光熱費を払えば、残るのはほんのわずか。

それでも、しろと暮らすこの部屋だけは、彼女にとって「生きている場所」だった。

しろは15歳。

保健所から引き取ったときは、まだ子犬だった。

佐和子が夫と別れ、息子とも疎遠になった頃、唯一、彼女の話を黙って聞いてくれたのがしろだった。

「生活保護、申請してみようかと思うてん」

そう言ったとき、しろは耳をぴくりと動かした。

佐和子は笑った。

「なんや、わかるんかいな」

その午後、彼女は市役所へ向かった。

申請書を手にした窓口の職員は、淡々とこう言った。

「ペットを飼っておられるんですね。生活保護の対象としては、少し難しいかもしれません」

佐和子は言葉を失った。

しろを手放せというのか。

この部屋から、命がひとつ消えるというのか。

第二章:「申請と沈黙」

市役所の福祉課は、冷房の効いた静かな空間だった。

佐和子は、申請書を握りしめたまま、職員の言葉を反芻していた。

「ペットの飼育は、生活保護の支給に影響する可能性があります」

その言葉には、責めるような響きはなかった。

ただ、制度の枠を淡々と伝えるだけの声だった。

佐和子は、しろのことを説明しようとした。

「この子は、私の命みたいなもんで……」

職員は、少しだけ眉を動かしたが、何も言わなかった。


代わりに、申請書の「生活状況」欄に赤ペンで小さく「ペット飼育」と書き込んだ。

帰り道――

市役所を出ると、空は曇っていた。

湖の水面が、風に揺れていた。


佐和子は、しろの待つ部屋へと歩いた。

途中、スーパーで一番安いドッグフードを買った。

レジの若い店員が、袋を渡しながら「かわいいですね」と言った。

佐和子は、少しだけ笑った。「うん、かわいい子やねん」

部屋にて――

しろは、玄関の音に反応して、ゆっくりと立ち上がった。

足元は少しふらついていた。

佐和子は、袋を開けて、皿に少しだけフードを入れた。

「今日はな、申請してきたんやけど……あかんかもしれへん」

しろは、黙って皿を見つめていた。

佐和子は、しろの背中を撫でながら、ぽつりと呟いた。

「この子を手放すくらいなら、私は生活保護なんかいらん」

第三章「しろを手放せと言われて」

数日後、福祉事務所から電話があった。

「申請は可能ですが、ペットの飼育については再検討いただく必要があります」

言葉は丁寧だったが、意味ははっきりしていた

しろを手放せば、生活保護は通る。

しろと暮らすなら、制度の外に立ち続ける。

佐和子は、しろの寝顔を見ながら、静かに言った。

「この子を手放すくらいなら、私は制度なんかいらん」

でも、現実は厳しかった。

冷蔵庫には、豆腐と卵がひとつずつ。

電気代の督促状が、郵便受けに入っていた。

その夜、佐和子は支援団体の電話番号を見つけた。

「ペットがいても、生活保護は受けられますか?」

電話の向こうの女性は、少しだけ間を置いて答えた。

「はい。実は、そういう裁決が出ているんです」


判例解説:生活保護とペット飼育の裁決

佐和子が知ったのは、実際にあった複数の裁決例だった。

福祉事務所が「ペットを飼っているなら生活保護は不要」として申請を拒否した事例に対し、審査請求で覆ったケースがある

裁決のポイント
  • ペット飼育は原則可能:生活保護法に明確な禁止規定はない。
  • 費用は自己負担:餌代・医療費などは保護費の範囲内で捻出。
  • 精神的支えとしての飼育は合理的:うつ病や孤独の中で、ペットが生活維持に必要不可欠と認定された事例がある。

関連判例(東京高裁 平成6年8月4日)

  • 自閉症の家族にとって犬が治療上必要不可欠である場合、マンションの飼育禁止規約が「特別の影響を及ぼす」として無効とされた
  • この論理は、生活保護にも応用可能ペットが「生存権の一部」として認められる可能性がある
物語と判例の交差点

佐和子は、支援団体の弁護士とともに審査請求を行った。

「この子は、私の命を支えてくれてるんです

審査会は、佐和子の生活記録と医師の診断書を見て、こう判断した。

「ペットの飼育は、申請者の生活維持に必要不可欠である。申請拒否は裁量権の逸脱である」

その日、佐和子はしろの背中を撫でながら、静かに笑った。

「しろ、うちら、まだ一緒におれるみたいやな」


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地下二階法律研究室

(研究室の蛍光灯が、静かに明滅している。壁際の書棚には、生活保護法の判例集が並ぶ。こぱお博士は湯呑みを手に、もふん補佐官はしろのぬいぐるみを膝に乗せている)

ふむ……“最低限度の生活”とは、数字ではなく、誰かと生きることなのかもしれんな

博士、それってつまり、“命を支える命”は制度の外にあるってことですか?

いや、外にあるのではなく、制度がまだ見えていないだけだ。
しろのような存在は、条文の余白に宿るのだ

じゃあ、私たちの仕事は、その余白を照らすこと?

(微笑みながら)

ほむ。
法律は冷たいようで、温める手があれば、ちゃんと応えてくれる。
佐和子さんのような人が、その手を差し出してくれたのだ

……博士、しろのぬいぐるみ、返したくなくなってきました

持っていていいぞい。
それは、制度が見落とした命のかけらなのだから

(研究室の時計が、静かに午前0時を告げる。二人は黙って、しろのぬいぐるみを見つめる)

🗣️ 読者の皆様への問い

あなたの生活に、命が寄り添っているなら、それは贅沢ですか?

コメント欄で、あなたの「最低限度の生活」に含まれるものを教えてください。


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