春の雨と、工場の静寂──ニデック vs 牧野フライス製作所事件
2025年4月4日、金曜日。
藤沢の空は朝から雨だった。
細かい霧雨が工場の屋根を濡らし、社員通用口の傘立てには、黒と紺の折り畳み傘が並んでいた。

昼休み。
技術部の佐伯は、いつものように食堂の奥の席に座った。
トレーの上には、白身魚のフライ、キャベツの千切り、味噌汁。
いつも通りの昼食。
だが、空気は違っていた。

「……見たか?社内ポータル」
経理の山岸が、声を潜めて言った。

「ニデック、TOBだってよ。完全子会社化。事前協議なし」
佐伯は箸を止めた。
味噌汁の湯気が、静かに揺れていた。
「うち、買われるの?」
後ろの席で聞いていた新人の春菜が、声を震わせた。

「買われるっていうか……飲み込まれるって感じだな」
佐伯は窓の外を見た。
雨粒が斜めに流れ、工場の煙突がぼんやりと霞んでいた。
その午後、社外取締役による特別委員会が招集された。
議題は――「新株予約権の無償割当てによる買収防衛策」。
会議室のドアが閉まる音が、静かに響いた。
判例解説:ニデック vs 牧野フライス製作所事件(令和7年5月7日 東京地裁決定)

何が起きたのか?
2024年末、精密モーター大手のニデックが突然、牧野フライス製作所の株式を買い集めると発表しました。
目的は「完全子会社化」。
つまり、牧野を自社の傘下に入れるということです。
この買収提案(TOB)は、事前の話し合いもなく、いきなり始まりました。
買付価格は1株11,000円。
市場価格より高く、株主にとっては魅力的に見える数字です。
しかし――牧野側は「待った」をかけました。
牧野の反撃:新株予約権の無償割当て
牧野は社外取締役だけで構成された「特別委員会」を立ち上げ、買収の影響を精査。
その結果、「このままでは企業文化や技術が失われる」と判断し、ある対抗策を打ち出します。
それが「新株予約権の無償割当て」。
簡単に言えば、「新しい株を無料で配ることで、ニデックの持株比率を薄める」作戦です。
ニデックはこれに猛反発し、裁判所に「その対抗策は不当だ」と訴えました。
裁判所の判断

2025年5月7日、東京地裁はニデックの訴えを退けました。
理由は👇
- 特別委員会は社外取締役だけで構成され、独立性が保たれていた
- 対抗策は、株主の利益を守るために「必要かつ相当」だった
つまり裁判所は、「牧野の判断は、企業の誇りや技術を守るために正当だった」と認めたのです。
雑談室にて──こぱお博士ともふん補佐官の対話
場所は行列のできる法律研究所、地下二階の雑談室。
こぱお博士は、分厚い判例ファイルを机に広げ、もふん補佐官は湯気の立つ紅茶を抱えてソファに座っていた。
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(耳がぴくぴく)
博士、牧野フライスの“新株予約権”って、結局は買収を邪魔するための手段ですよね?
それって、株主の利益を無視してません?
(メガネをくいっ)
ふむ、もふん氏。
表面的にはそう見えるかもしれない。
だが、企業買収には“数字”だけでは測れない価値があるのだよ
価値……って、技術とか、社員の気持ちとか?
そう。
牧野は精密加工の老舗だ。技術者たちが何十年もかけて築いた“ものづくりの哲学”がある。
それを、事前協議もなく買収されるとなれば、企業文化が失われる危険もある
でも、ニデックの提案って、株価的には悪くなかったんですよね?
株主にとっては“得”だったかも……
そこが難しいところだ。
裁判所は、特別委員会が社外取締役だけで構成され、独立して判断したことを重視した。
つまり、“企業の誇り”と“株主の利益”の両方を見て、バランスを取ったのだよ
(紅茶を一口)
……じゃあ、これは“ホリエモン事件”の進化版ってことですか?
(微笑しながら)
おお、鋭いね。
ライブドア事件では“買収防衛策”の正当性が初めて問われた。
今回のニデック事件は、その延長線上にある。
企業統治の成熟を示す判例と言えるだろう
こぱお博士の見解──企業買収と誇りの境界線
こぱお博士は、判例ファイルを閉じて、窓の外の春雨をしばらく眺めていた。
そして、ゆっくりと語り始める。
「企業買収とは、数字の世界に見えて、実は“物語”の世界なのだよ、もふん氏」
「数字で測れるのは、株価や利益だ。だが、企業には“語られない価値”がある。
それは、技術者が何十年もかけて磨いたノウハウであり、現場の空気であり、社員同士の信頼だ」
「ニデックの提案は、経済合理性に満ちていた。だが、合理性だけでは企業は動かない。
牧野が選んだ“新株予約権”という防衛策は、単なる拒絶ではない。
それは、“私たちの物語を守る”という意思表示だったのだ」
「裁判所がそれを認めたということは、法が“物語”を理解し始めたということでもある。
つまり、企業法務は今、“倫理”と“経済”の境界線を再定義しているのだよ」
博士は最後に、ホワイトボードにこう書いた。
『企業の価値は、帳簿の外に宿る。』
そして、もふん補佐官に微笑みかける。
🐾もふん補佐官の見解──“誇り”って誰のもの?
こぱお博士の話を聞き終えたもふん補佐官は、しばらく沈黙していた。
紅茶のカップを両手で包みながら、ぽつりと呟く。
「誇りって……誰のものなんでしょうね、博士」
「技術者の誇り、企業の誇り、文化の誇り。
それって、社員のもの?経営陣のもの?それとも、株主のもの?」
「わたし、ちょっとだけ思うんです。
もし自分が株主だったら、“誇り”より“利益”を選んじゃうかもしれない。
だって、生活がかかってる人もいるし……」
「でも、もし自分が技術者だったら、
“数字で切り捨てられる”って、すごく悔しいと思う。
自分たちの仕事が、誰かのExcelのセルで決められるなんて」
「だから……この事件って、誰が“企業の主人公”なのかを問いかけてる気がします」
「裁判所が“誇り”を守ったってことは、
法律が少しだけ、人間の気持ちに寄り添ったってことですよね」
もふん補佐官は、ホワイトボードにこっそり書き足した。
『誇りは、数字じゃ測れない。でも、誰かが守らなきゃ消える。』
そして、読者に向かってこう問いかける。
「あなたなら、どっちを選びますか?
“誇りを守る企業”と、“利益をくれる企業”。
どちらが、あなたの“未来”に近いですか?」
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