詐欺罪の“冷たさ”と“慎重さ”──昭和30年判例から考える法の矜持

法律×キャラ解説

物語冒頭:「逃げた男と、夜の屋台」

昭和三十年七月、東京・神田。

梅雨が明けきらぬ蒸し暑い夜、屋台の赤提灯がぼんやりと灯る。

通りには、汗ばむ背広姿の男たちが行き交い、どこか焦燥と疲労が混じった空気が漂っていた。

屋台「たつみ」の主人・山崎は、いつものように鉄板の前に立ち、焼きそばを返していた。

彼の店は、戦後の混乱を乗り越えたサラリーマンたちの憩いの場だった。

常連客の笑い声が響く中、ひとりの男がふらりと現れた。

「すみません、焼きそばとビール、お願いします」

男は三十代半ば、よれた背広に汗染みが浮いている。

名乗りもせず、無言で焼きそばを口に運び、ビールを一気に飲み干した。

山崎は不審に思いながらも、客を疑うことはしなかった。

戦後の東京では、誰もが何かを背負っていた。

食事を終えた男は、ふと立ち上がり、こう言った。

「ちょっとトイレ、すぐ戻ります」

山崎は頷いた。

だが、男は戻らなかった。

──それが、すべての始まりだった。

翌朝、山崎は警察に通報した。

屋台の代金、計350円

わずかな金額だったが、彼にとっては誇りの問題だった。

「逃げた男は詐欺だ」と、山崎は憤った。

だが、警察の反応は冷淡だった。

「逃げただけでは、詐欺とは言えませんよ」

山崎は耳を疑った。

代金を払う意思があるように見せかけ、食事をし、そして逃げた。

それが詐欺でなければ、何が詐欺なのか──。

数ヶ月後、男は別件で逮捕され、山崎の件も裁判にかけられることになった。

法廷で争われたのは、「欺罔行為」と「処分意思」の有無だった。

裁判官は静かに語った。

「債務の支払を免れたことが財産上の不法利益となるには、債権者を欺いて債務免除の意思表示をさせる必要がある」

つまり、ただ逃げただけでは、詐欺罪は成立しない──。

山崎はその言葉を聞きながら、鉄板の音を思い出していた。

あの夜、焼きそばを返す音と、男の無言の背中。

法律は、あの沈黙をどう裁くのか。


判例の概要と要旨

  • 事件名:詐欺
  • 裁判年月日:昭和30年7月7日
  • 裁判所:最高裁判所第一小法廷
  • 判示事項:刑法246条2項における「財産上の不法利益」の成立要件

裁判要旨

債務の支払を免れたことが財産上の不法利益となるには、債権者を欺罔して債務免除の意思表示をさせることが必要であり、単に逃走して事実上支払をしなかっただけでは足りない

判例の意義と論点

この判例が示したのは、詐欺罪の成立には単なる「支払逃れ」では足りず、債権者の処分意思(=支払を免除する意思表示)を欺いて引き出す必要があるということです。

昭和30年7月7日判例の主な論点(刑法246条2項)
詐欺罪の構成要件との関係
詐欺罪は「欺罔 → 処分意思 → 財産的損害」という因果関係が必要。逃走による損害は、処分意思を介していないため構成要件を満たさない。

欺罔行為の対象
単に逃走しただけでは、債権者の意思表示(支払免除など)を引き出していないため、欺罔行為とは認められない。

処分意思の有無
詐欺罪の成立には、債権者が財産的処分(支払免除など)を意思表示する必要がある。逃げられただけでは処分意思が形成されていない。

不法利益の認定
債務の支払を免れたことが「財産上の不法利益」となるには、債権者の処分意思を欺いて引き出す必要がある。事実上支払を免れただけでは詐欺罪は成立しない。

法律研究室にて──こぱお博士ともふん補佐官の会話

夜の研究室。
蛍光灯の下でこぱお博士が古い判例集を閉じた。
もふん補佐官は湯気の立つ麦茶を手に、机の端に腰かけている。

……でもさ、博士。
逃げた男が支払わなかったのは事実でしょ?
山崎さん、あれだけ真面目に働いてたのに、なんか報われないよね

その感情はよくわかる。
だが、刑法は“感情”ではなく“構成要件”で動く。
詐欺罪が成立するには、欺罔行為によって債権者が処分意思を形成しなければならない。逃げただけでは、それがない

でも、あの『ちょっとトイレ』って言葉、欺いてるって言えない?
信じさせて、逃げたんだよ?

それは“事実上の逃走”にすぎない。
処分意思──つまり、山崎さんが『支払わなくていいですよ』と認識していたかどうかが鍵だ。
欺罔が処分意思に結びついていない以上、詐欺罪は成立しない

……法律って、冷たいね

(微笑しながら)

冷たいのではなく、慎重なんだよ。
人を罰するには、明確な根拠が必要だ。
それが法の矜持だ

でも、山崎さんの悔しさは、どこに行くの?

それは民事で争うべきだ。
刑法は“国家の罰”を扱う。
感情の救済は、別の制度が担うべきなんだ

もふんは麦茶を一口飲み、静かに頷いた。

じゃあ、私たちの記事では、読者に問いかけよう。
あなたなら、どう裁きますか?”って

それがいい。
法と感情の間にある距離を、読者自身に歩いてもらうんだ

法律は冷たくとも、問いかけは温かく。
ふたりは次の原稿に向けて、静かにペンを取った。


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🐾 もふん補佐官の見解:「法律が裁けないもの」

「逃げただけじゃ詐欺にならない──それが法律の答え。
でも、私は思うんです。
山崎さんがあの夜、焼きそばを焼きながら信じた“ちょっとトイレ”という言葉。
それを裏切られた痛みは、法律の条文には書かれていないけれど、確かにそこにあったはずです」

「詐欺罪には“欺罔”と“処分意思”が必要だって、こぱお博士は言います。
確かにその通り。
でも、じゃあ人を信じたことが裏切られたとき、それは何罪なんでしょう?
罪にはならない。
でも、傷にはなる。
私は、そういう“裁けない痛み”を忘れたくないんです」

「法律は冷静であるべき。
でも、冷静さの向こうにある感情を、私たちが見つめ続けること。
それが補佐官としての、私の役目だと思っています」


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